大阪地方裁判所 昭和24年(行)35号 判決
原告 根来治
被告 大阪府農地委員会
一、主 文
別紙目録の各物件について東鳥取村農地委員会のなした買収計画に関する原告の訴願に対し被告のなした訴願棄却の裁決はこれを取消す。
原告のその余の訴はこれを却下する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「別紙目録記載の各物件について東鳥取村農地委員会のなした買収計画に関する原告の訴願に対し被告のなした訴願棄却の裁決、同農地委員会の立てた買収計画に対し被告の与えた承認及び同農地委員会のなした買収計画はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、別紙目録記載の各物件はいずれも原告の所有であるが、訴外東鳥取村農地委員会は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第十五条により、同目録(1)の物件については訴外若野甚太郎、同目録(2)の物件については同若野徳太郎、同目録(3)の物件については同草竹儀重の各申請により買収計画を立てこれを公告したので原告はこれに対し同農地委員会に適法な異議の申立をしたが同農地委員会は右異議申立却下の決定をした。原告はこれに対し被告に適法な訴願をしたが被告は右訴願棄却の裁決をし、昭和二十四年一月二十日同農地委員会を経由して原告に対し右裁決書の謄本の送付があつたので、原告はこれにより被告が前記のように訴願棄却の裁決をしたこと及び被告が同農地委員会の買収計画を承認し買収計画が確定したことを知つたのであるが右買収計画には次のような瑕疵があり、従つてこれを認容した訴願棄却の裁決及び承認もその瑕疵を帯有するものである。すなわち
(一) 自創法第十五条第一項第二号の買収の対象となる宅地又は建物はその位置、環境及び構造上将来継続して農業経営に使用し得るものでなければならない。しかるに本件係争の宅地及び建物はいずれも東鳥取村大字黒田部落の中心に在つて将来継続して農業経営に使用することは不可能であり、殊に同目録(1)及び(3)の各建物はそれぞれ訴外若野甚太郎及び同草竹儀重の居宅であつて、単に同人等の起居寝食の場所に使用されているだけで(農業用納屋、牛舎等の設備もなく収穫物取入の際は他人の設備を借用している有様である。)農業経営の目的に使用されているものではないから同条による買収の対象とするのは違法である。
(二) 食糧事情が悪化してからいわゆる飯米農家となつて僅かに自家用飯米を収穫するに過ぎないような零細農家は何等食糧増産に寄与するところがないのでむしろこれを絶滅し零細農地は専業農家の適正な経営単位に編入することが国家の政策とするところであるから、自創法第十五条により宅地又は建物の買収を申請することができる者は同法第三条の規定により買収する農地にあつてはその農地につき自作農となるべき者で農業に精進する見込のある専業農家でなければならない。しかるに訴外若野甚太郎は日傭稼ぎを本業とし耕作反別二反余に過ぎない飯米農家であり、同草竹儀重は瓦職人を本業とし子供等も他にそれぞれ本業を有し耕作反別四反余に過ぎない飯米農家であるから買収申請の適格を有しない。しかも訴外若野甚太郎は同若野徳太郎の父で既に七十四歳の老齢であるから甚太郎の死亡後は長男徳太郎がこれを相続する関係にあり(甚太郎の養子梅子は正式の養子縁組によつて養子としているのではない。)甚太郎父子がたまたま二戸に別居しているという理由のみで前記のように各別に宅地、建物の買収を申請することができるというのは著しく信義の原則に反する。
(三) 同目録(2)の宅地は公簿面の地目は宅地となつているけれどもその内約五十坪は原告が訴外若野徳太郎に賃貸した当時から現在迄畑地であるからこれを農地として買収するのは格別宅地として買収するのは違法である。
(四) 原告と右訴外人等三名との間に本件係争の宅地及び建物について売買の話が順調に進行していたところ、これを聞いた某農地委員が右売買の成立を妨害し強いて自創法を発動しその間に不当な周旋料を得たという事実に徴しても本件買収申請は権利の濫用として違法である。
よつて原告は被告に対し別紙目録記載の各物件についても東鳥取村農地委員会のなした買収計画に関する原告の訴願に対し被告のなした訴願棄却の裁決、同農地委員会のなした買収計画に対し被告の与えた承認及び同農地委員会のなした買収計画の取消を求めるため本訴請求に及ぶと陳述した。(立証省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中訴外東鳥取村農地委員会が訴外若野甚太郎、同若野徳太郎及び同草竹儀重の申請により原告主張の別紙目録記載の各物件について買収計画を立てたこと、原告はこれに対し同農地委員会に異議の申立をしたが同農地委員会が右異議申立却下の決定をしたこと、原告はこれに対し被告に訴願をしたが被告が右訴願棄却の裁決をしたこと、被告が同農地委員会の立てた買収計画に対し承認を与えたことはこれを認めるが、右買収計画、訴願棄却の裁決及び承認に原告主張のような瑕疵があることは否認する。すなわち
(一) 本件係争の宅地及び建物がいずれも東鳥取村大字黒田部落の中心に在ることは原告主張の通りであるが、黒田部落そのものが農村の一部落を形成しており、訴外若野甚太郎は原告所有の宅地に在る原告所有の建物(別紙目録(1)の宅地及び建物)に居住し今回の農地解放により右居宅から約七百米の距離に在る同村大字石田字速水四百二番地田四畝八歩(元西鳥取村大字波有手古塚トメ所有)の売渡を受けこれと合せて約二反八畝を耕作し、同若野徳太郎は原告所有の宅地(同目録(2)の宅地)上に在る自己所有の建物に居住し同じく右居宅から約六百米の距離に在る同村大字黒田字神明後三百九十番地田六畝二十五歩(元下荘村大字貝掛高谷又治郎所有)の売渡を受けこれと合せて約七反を耕作し、同草竹儀重は原告所有の宅地上に在る原告所有の建物(同目録(3)の宅地及び建物)に居住し同じく右居宅から約四百米の距離に在る同村大字黒田字西出口二十五番地田七畝二十歩(元東鳥取村大字黒田阿形祥太郎所有)の売渡を受けこれと合せて約四反五畝を耕作し、いずれも右居宅に農業用納屋、牛舎等を附置して農業に従事している専業農家であることを考慮すると右宅地及び建物が右訴外人等三名の農業経営の目的に使用されていることは明白であり、右宅地及び建物が黒田部落の中心に在ることは毫も農業経営の目的に使用されている事実と背馳するものではない。
(二) 訴外若野甚太郎、同若野徳太郎及び同草竹儀重はいずれも古くから農業に従事しその内草竹儀重は農閑期に時として瓦職をすることもあるが、いずれも前記(一)のような耕作反別を有する専業農家であり、原告主張のように食糧事情が悪化してから俄かに自家用飯米を収穫するため農家となつたいわゆる飯米農家ではない。
(三) 原告主張の別紙目録(2)の宅地の内約十五坪の空地に樹木等を植栽しているがそれは宅地の一部であつて決して農地と目すべきものではない。
(四) 以上述べた通り右訴外人等三名は右宅地及び建物について買収申請をする適格を有し自創法に基いて適法な買収申請をしたのであるからその買収申請は適法な権利の行使であり原告主張のように権利の濫用となるものではない。更に
(五) 市町村農地委員会の買収計画に対し異議の申立がありその異議申立却下の決定に対し都道府県農地委員会に訴願がありその訴願棄却の裁決があつた場合においても、買収計画と訴願の裁決とは処分行政庁を異にする別個の行政処分であるから、もし買収計画の違法を主張しようとする者は市町村農地委員会に対し買収計画の取消を求むべきであり、又訴願の裁決の違法を主張しようとする者は都道府県農地委員会に対し訴願の裁決自体に瑕疵がある場合に限りこれを原因としてその取消を求むべきであり、単に買収計画に存する瑕疵のみを理由として訴願の裁決の取消を求めることは許されないと解すべきであるから、原告の主張によつて明らかなように東鳥取村農地委員会の買収計画の瑕疵のみを主張し被告のなした訴願の裁決自体の瑕疵を主張していない本件においては、被告の訴願の裁決の取消を求むる部分はこの点において失当である。
(六) 都道府県農地委員会のなした買収計画の承認は都道府県農地委員会の市町村農地委員会に対する行政庁内部の意思表示(行政行為)であるが、これによつて直接人民の権利義務に変動を与える行政処分ではないから、違法な行政処分の取消を求める抗告訴訟の対象とならないものである。仮りに承認が行政処分であるとしても先に(五)で述べたのと同一の理由により、承認自体に瑕疵がある場合に限りこれを原因としてその取消を求むべきであり、単に買収計画に存する瑕疵のみを理由として承認の取消を求めることは許されないと解すべきであるから、原告の主張によつて明らかなように買収計画の瑕疵のみを主張し承認自体の瑕疵を主張していない本件においては、被告の承認の取消を求むる部分はこの点において失当である。
(七) 買収計画の取消はその処分庁である市町村農地委員会に対しその取消を求むべきであり、処分庁でない都道府県農地委員会に対しその取消を求めることは許されないから、被告に対し東鳥取村農地委員会の買収計画の取消を求むる部分はこの点において失当である。
と陳述した。(立証省略)
三、理 由
訴外東鳥取村農地委員会が訴外若野甚太郎、同若野徳太郎及び同草竹儀重の申請により原告主張の別紙目録記載の各物件について買収計画を立てたこと、原告はこれに対し同農地委員会に異議の申立をしたが同農地委員会が右異議申立却下の決定をしたこと、原告はこれに対し被告に訴願したが被告が右訴願棄却の裁決をしたこと及び被告が同農地委員会の立てた買収計画に対し承認を与えたことは当事者間に争いないところである。そこで
(第一) 右買収計画に原告主張のような瑕疵があるか否か(争点(一)乃至(四))について判断する。
自創法第十五条第一項第二号の買収の対象となる宅地又は建物は如何なる宅地又は建物であることを要するか。自創法の各規定の趣旨を合理的に探究して決定しなければならない問題であるがこの点を考えるについてまず考慮を要するのは右宅地建物の解放が一般の借地借家の解放を目的とするものでないだけでなく、農家の借地借家にあつても今次の農地改革に当り農地の解放を受けた者の借地借家でなければその解放の恩恵に浴し得ないことであり、又右宅地建物の買収に関する自創法の規定は同法全体の体系からすれば僅かにその附随的な部分を占めるに過ぎず、しかも又右宅地建物の買収に関する同法第十五条は宅地建物の買収と共に買収農地の利用上必要な農業用施設等の買収も同時に又同列にこれを規定していることであつて、このことは後に説明する同法第二十九条第二項第二十八条と相俟つて右宅地建物の解放が農地の解放に附随するものであり、又その解放せらるべき宅地建物は解放農地に附随し従属するものに限るとの見解を生ずる所以でもあり、又これに相当の根拠を与えるものであろう。
しかし右第十五条の規定は右記載のように農業用施設等の買収と宅地建物の買収とを同時に又同列にこれを規定しながら、しかもその買収の対象たるの要件については必ずしもこれを同様に規定してはいないのであつて、即ち一方農業用施設等については、同条第一項第一号は「第三条の規定により買収する農地等の利用上必要な」ことを要する旨規定して明かに解放農地に対する従属性を要求しながら、他方宅地建物については、同第二号はただ単に「第三条の規定により買収する農地等につき自作農となるべき者が賃借権、使用貸借による権利若しくは地上権を有する宅地又は賃借権を有する建物」とのみ規定し、その間明かな区別を設けているのであり、同法第二十九条第二項第二十八条に至つては又この両者を同時に同列に又同様に取扱つているかの感があるのである。(同法第十五条第二項は更に宅地建物買収の場合につき買収のできない消極的要件を定めており、この規定は昭和二十四年法律第二百十五号農地調整法の一部を改正する等の法律第八条により追加せられた規定であるが、この追加規定は自創法自らが立法的にその有権的解釈をしたものであり、従つて右規定による解釈基準はこの規定施行の前後を問わず自創法自体が当初からこれを持つていたものと解するのであるがこの規定は本件買収の後に挿入改正せられたものではあり、この点については後に説明する。)
右第二十八条第一項は買収農地の売渡を受けた者が当該農地についての自作をやめようとするときは政府はその者に対し当該農地を買取るべきことを申入れなければならない旨を定めており、第二十九条第二項はこれを第十五条の規定により政府が買収した農業用施設土地建物等の売渡に準用しているのである。右第十五条の規定による附帯買収物件については買収農地のようにその自作をやめるということはあり得ないことであるから、如何なる場合に政府が先買権を取得するものと解すべきであるか聊か疑問なきを得ないのであるが、農業用施設等についてこれを考えれば、これがもともと、解放農地に従属するものとして買収及び売渡の対象とせられたものであるから、その所有権は解放農地の所有権の所在に従い転々するのが最も自然であり又その買収目的にも適するものと考えられるのであつて、解放農地につき自作がやめられる場合には政府は右解放農地と共にその農業用施設等についても先買権を取得するものと解するのが相当であろう。従つてこれと何等の区別もしないで規定せられている宅地建物についても農業用施設等の場合と同様に宅地建物買収の基本となつた解放農地の自作がやめられる場合には宅地建物も亦先買権の対象となるものと解するのが一応すなおな解釈であり、又こう解することは宅地建物の買収が基本たる解放農地の買収に附帯せられて行われたものであることの当然の結果としてこれを首肯することができるであろう。そうすれば右第二十九条第二項第二十八条の解釈としては農業用施設等たると、又宅地建物たるとを問わず、解放農地の自作がやめられる場合にはその解放農地と共に政府の先買権の対象となり農業精進者への売渡の対象とせられるのである。(この点は昭和二十五年政令第二百八十八号自創法及び農地調整法の適用を受けるべき土地の譲渡に関する政令による改正後多少の修正を要するが、ことの考え方そのものにおいては何等の変更もないであろう。)
自創法は右記載のように同じく附帯買収とせられる農業用施設等と宅地建物とにつき、その附帯買収の対象たることについてはこれを同時に同列に扱いながら、しかもその買収の要件については前記のように別異の要件を掲げ、又自作廃止の場合の後始末については又これを全然同様に取扱つているのである。この自創法の態度を宅地建物買収の要件を考えるについて如何に理解すべきであるか、難解たるを免れないのであるが、宅地建物買収の要件に関する直接の規定は右の通り第十五条第一項第二号であるからこの規定だけからその要件を考えてよいものとすればことは頗る簡単であるが、規定が余りに簡単なるに比してことが余りに重大であり、宅地建物買収の目的、その性格等からする制限は自らこれに加えざるを得ないものと考えられるだけでなく、その買収及び売渡後の宅地建物の運命を左右する右第二十九条第二項第二十八条の規定も亦右買収要件に何等かの関聯を持たせてこれを考うべきものではなかろうか。いろいろ疑問が起るのであるが、思うに右第十五条による附帯買収の制度も、その対象が農業用施設等であれ、宅地建物であれ、いずれも同法第一条の目的達成の為の制度たることは疑いのないところであり、又右両者共農地買収に附帯する買収たるの点においては共通の性格を有することは疑いのないところであろう。しかし右農業用施設等及び宅地建物の両者につきその買収要件を異にしている前示第十五条の規定からこれを考えれば、自創法は右両者共同法第一条の目的達成の為には同じく農地買収に附帯してこれを買収するを要するものとしながら、その買収の範囲については必ずしもこれを同様に扱うことを相当としなかつたものであり、農業用施設等については解放農地に従属するものをその対象とするを以て足ると考えながら、宅地建物にあつてはかかる関係にある宅地建物の解放のみを以ては満足せず、農地解放を受けた者の賃借権等を有する宅地建物については更にこれを解放するを要するものがあると考え前記のような規定となつたものと解しなければならない。そして右両者の買収要件につき自創法がかかる差異を必要とするに至つた理由は、恐らく我国農業経営の実情より考え、宅地建物については解放農地に従属するもののみの解放を以ては前記第一条の目的達成の為には狭きに失するものとし、この目的達成の為には更にこれを拡張するを要するものと考えたにあるであろう。しかし右宅地建物の買収も本来農地買収に附帯する買収たるの性格を有する点においては農業用施設等の買収と異るものではなく、従つて本来は宅地建物の買収にあつても農業用施設等の買収と同一基盤の上に立つて買収農地に附随し従属するものの買収を考えつつも、なお右宅地建物の特殊事情に従つてこれにある程度の修正を加えたものと解するのを相当としよう。従つて宅地建物の買収にあつては解放農地への従属性はその要件ではないが、又同時に右第十五条がただ農地の解放を受けた者が賃借権等を有する宅地建物とだけ規定しているからといつて、これをただその儘に読むべきものでないことは固よりいうを俟たないところであつて、右宅地建物も亦農地買収に附帯して買収せられるものである以上、解放農地だけの利用上必要なものであること(従属性)は要求せられないにしても、その解放農地の農業経営上必要なものであること(従つてその農地と宅地建物とが合理的農業経営圏内にあることは固より要求せられるところであり、右農地と宅地建物との間に農業経済的牽聯性があること)が要請せられるのであつて、これは宅地建物買収の性格からする自らなる制限としてこれを理解すべきものであろう。従つて解放農地と宅地建物とが合理的経営圏内にある限りその相互の距離の如きは問題とすべきものではなく、又農家の住宅はその生活の本拠としてその農業経営上最も必要とせられるものであるからその住宅として使用せられることだけで十分に右要件を充していると考うべきであり、従つてその家屋に農業用納屋、牛舎等が附置せられているかどうかの如きは大して問題とするには足らないことであろうし、又従属性を要求せられない結果宅地建物が解放農地の農業経営に利用せられるだけでなく、他の用途、例えば解放農地以外の農業経営その他の用途にも利用せられる場合もなお買収の対象とすることができるのであつて、ここに右宅地建物解放の範囲拡張の意味があるのである。
しかし更に考慮を要するのは前示第二十九条第二項第二十八条の規定であつて、右規定からすれば宅地建物の買収の場合にあつても後にその売渡を受けた者が右宅地建物の買収の基本となつた解放農地の自作を廃止する場合には政府の先買権を行使せられ宅地建物を手放さなければならないものと解すべきこと前記の通りである。すなわち今次の農地改革に当り農地買収に附帯して買収せられた宅地建物の買受人は将来解放農地の自作を廃止する場合にはその農地の所有権を失うと共に右宅地建物の所有権も亦これを失わなければならないのであつて、この場合右宅地建物につき右買受人が従前有していた賃借権が復活するとすれば右買受人としてはさしたる不利益を蒙らないであろうが、かように従前の賃借権等が復活するものと考えることは特別の規定でもない限り到底考えることはできないばかりでなく、かかる賃借権等が復活するものとすればその対象たる宅地建物につき国家が先買権を行使しこれを更に適正農家に売渡さんとする右先買権の制度は殆んど無意味に帰着するであろうから右のような解釈の許されないことは明かなところであり、従つて右買受人は解放農地の自作廃止の場合にはその宅地建物の所有権を失うは勿論、これにつき従前有していた賃借権等も最早存在せず、これを明渡すの外はない立場に立至るのである。そして買受人が従前有していた賃借権等は現行法上相当強固な保護を受けているものであるから、右買受人は今次の農地改革に当りその使用する宅地建物の所有権を取得することによりその住居等の安定につき多大の利益を受けるものではあるが、又同時に将来自作廃止の場合においては右のような保護を受けることのできる賃借権等をも失いその住居等の安定をおびやかされるの危険をも亦これを負担しているのであり、この意味においては相当の不利益をも亦これを甘受しなければならないものといわなければならない。ここに右宅地建物買収の要件を考えるにつきなお考慮を要すべきものがあるのを感ぜざるを得ないのであつて、自創法が今次の農地改革に当り農地の解放に附帯し宅地建物の解放をするのもその目的は耕作農民の住居等の安定にあることは固よりいうを俟たないところであるから、その解放が却つてその安定を害するような場合にはこれを解放すべきでないこと固より当然であり、従つてこれを解放の対象とするか否かはその解放により買受人の受くべき前記安定による利益と不安定による不利益とを比較し、その利益の大なるものはこれを解放すべく、その小なるものはこれを解放すべからざるものとするのが相当なのではなかろうか。すなわち買受人は宅地建物の解放により勿論利益を受けるのではあるが、その解放には前記のような不利益が附纏つているのであるから、かかる不利益が附纏うもなお解放を以て利益ありとし、農家の住宅等安定に資する場合でなければその解放をすべきものではないのであつて、これを買受人の立場に立つて客観的合理的に判断して買受人が将来解放農地の自作を廃止する場合宅地建物を取上げらるるもなお現在解放を受けるを以て利益ありとする場合でなければ宅地建物解放の対象たるの適格性なきものと解すべきものではなかろうか。約言すれば今次の宅地建物解放の目的と前示第二十九条第二項第二十八条とを関連せしめてこれを考えれば、宅地建物の解放はその買受人が基本たる解放農地の自作廃止の場合宅地建物をも亦国家に取上げられ、所有権は勿論使用権までこれを失うもなお困らないとする場合でなければこれをすべきではないのであり、かかる場合の宅地建物でなければ仮令農地の解放を受けた者が賃借権等を有する宅地建物であり、又解放農地の農業経営上必要なものであつても、なお買収の対象たるの要件を欠くものと考えられるのである。
以上これを要するに自創法第十五条による宅地建物買収の要件としては、当該宅地建物が解放農地に従属するものたることはこれを必要としないが、解放農地につき自作農となるべき者が賃借権等を有する宅地建物であるばかりでなく、宅地建物買収の性格からする制限としてその宅地建物がその買収の基本となつた解放農地の農業経営上必要なものであることを要するものであり、又同時に将来解放農地の自作を廃止する場合には右宅地建物は政府の先買権の対象となるものとせられる今次の農地改革における宅地建物解放の特殊性から来る制限として将来買受人が解放農地の自作を廃止する場合にはその宅地建物を取上げられても困らないと認められるようなものでなければ買収の対象とならないものと解するのであつて、この最後の要件は買収要件の基準としてなお漠然たるを免れないが、さきに宅地建物買収の性格からする制限についての説明の際言及したように、宅地建物の買収にあつては解放農地への従属性はこれを要求せられない結果、宅地建物が解放農地の農業経営に利用せられるだけでなく、他の用途に利用せられる場合もなお買収の対象とせられるのではあるが、解放農地の為めの利用と他の用途の為の利用とを比較し、後者が前者より大であるとすれば買受人として将来解放農地の自作廃止の場合宅地建物を取上げられるとすれば右他の用途の為の宅地建物の利用を妨げられ困却するに至るものと一般的には考えて大過はないかと思料せられ、従つて一応右基準によりその要件の存否を決してよいものではなかろうか。従つてこの基準からすれば買受人が解放農地以外に多くの農地を所有又は小作している場合他の職業にも従事し当該宅地建物をその用途の為にも利用し、その利用の程度が解放農地の為にする利用より大きい場合などはいずれも解放不適格と考うべきものであつて、この解釈によるときは今次の農地改革に当り宅地建物解放の恩恵に浴することのできなかつた自作農その他の均衡も亦これをとることができるのではなかろうか。
なお右第十五条は後に昭和二十四年法律第二百十五号農地調整法の一部を改正する等の法律第八条により宅地建物買収の要件について新設第二項を追加せられたのであるが、前記のような解釈からすれば、その第一号の兼業農家の場合は自作廃止の場合の政府の先買権から来る前記の解釈基準により、又その第三号の位置環境構造等よりする制限は右基準及び宅地建物買収の性格から来る解釈基準により当然解釈できるものであり、又右第三号はこの規定自身なお抽象的であり漠然たるを免れないのであつて、その解釈は前記の解釈基準を俟つて始めて判然たるを得るものと考えられるのであり、いずれも追加新設の規定ではあるが自創法自体が当初から持つていた解釈基準を立法的に明示した解釈規定に過ぎないものと解すべきものであろう。又同項第二号は自創法自体当初から有した解釈基準を示したものと解すべきか否か頗る疑問であるが、自創法自身農地買収の場合については同法第五条第五号において右第二号と同趣旨からでたと考えられる規定を設けているのであり、革命的ともいうべき今次の農地改革においてもかような意味での所有者の正当な利益は適当にこれを保護しようとしているものであるから、その附帯買収である宅地建物の買収にあつてもこれを同様に解することは必ずしも無理ではないのであり、これ亦一、三号同様の解釈規定と解するのを相当としよう。
そして以上の解釈基準は市町村農地委員会が自創法第十五条により附帯買収を行うに当り買収の申請が相当であるか否かを認定するに当つて準拠すべき基準であつてその認定は自由裁量ではなく法規裁量であると解すべきである。
さて以上の解釈基準に従つて本件を考えてみよう。証人阿形敏次、同若野甚太郎、同若野徳太郎、同草竹儀重の各証言及び検証の結果を綜合すると、本件係争の宅地及び建物は南海電車尾崎駅の南方約三粁米の大阪府泉南郡東鳥取村大字黒田(戸数約百四十戸)、下出(戸数約百二十戸)及び鳥取中飛地(戸数約七戸)が隣接して部落を形成し農家が密集している部落の中心に在り、訴外若野甚太郎は原告所有の宅地上に在る原告所有の建物(別紙目録(1)の宅地及び建物)にこれを賃借居住し今回の農地解放により右居宅から約五、六町の距離に在る同村大字石田字速水田四畝八歩(元古家所有)の売渡を受けこれと合せて約二反八畝を耕作し、同若野徳太郎は原告所有の宅地(同目録(2)の宅地)を賃借し右宅地上に在る自己所有の建物に居住し同じく右居宅から約二町強の距離に在る同村大字黒田字神明後三百九十番地田六畝二十五歩(元高谷所有)の売渡を受けこれと合せて約八反三畝を耕作し、同草竹儀重は原告所有の宅地上に在る原告所有の建物(同目録(3)の宅地及び建物)にこれを賃借居住し同じく右居宅から約一町半の距離に在る同村大字黒田字西出口二十五番地田七畝二十歩(元阿形所有)の売渡を受けこれと合せて約四反二畝を耕作していること、同若野徳太郎の賃借していた原告所有の宅地(同目録(2)の宅地)の東北隅の竹垣を以て囲繞された部分は温床を作り野菜類を栽培し収穫物の乾燥に使用し柿、夏蜜柑を植えその南に隣接する籔地には、松、枇杷、柘榴を植えてありその使用状況から見ても屋敷に附属した菜園であつて宅地の一部と認めるに妨げないこと、右居宅にはいずれも農業用納屋、牛舎が附置されていること、右訴外人等三名はいずれも古くから農業に従事し、その内草竹儀重は農閑期に時として瓦職をすることもあるがいうに足りない程度であり、いずれも所定割当量を供出している農家であること、及び同若野甚太郎と同若野徳太郎とは父子ではあるけれども別世帯として別居生活をしているので各別に宅地、建物又は宅地の買収を申請したこと(従つて父子が共に各別に買収申請をしたからといつてそれだけで信義の原則に反するとはいえない。)を認定することができ原告根来治本人の供述中右認定に反する部分はこれを措信しない。以上認定事実によると本件係争の宅地及び建物は解放農地の適正な農業経営単位の合理的経営に即応し得る位置、環境及び構造を有するものと認めることができる。しかしながら前記認定によつて明らかなように訴外若野甚太郎の解放農地の全耕作反別に対する比率は約14%、同草竹儀重のそれは約18%に過ぎないからもし右訴外人等が後に解放農地の自作を止め残余の農地によつて農業経営を継続する場合を仮定してみると全耕作反別の僅々14%又は18%の自作を止めるだけで附帯買収により取得した宅地及び建物の所有権を失い、しかも従来右宅地及び建物について有していた賃借権も復活せず一挙にして農業経営生活の本拠である住居を失うという極めて重大な不利益を強制する不合理な結果の発生を避けることができないし、又訴外若野徳太郎が後に解放農地の自作を止め政府が先買権を行使してその宅地のみの所有権を取得しこれをその解放農地について新たに自作農として農業に精進する見込ある者に売渡す場合を仮定してみると同訴外人所有の建物は同人耕作反別の僅かに8%に過ぎない農地の解放を受けその自作をやめることによりその敷地を失い建物を収去しなければならない運命に立至るものであつてこれが同人にとり著しく不利益であることは明かなところであるから、東鳥取村農地委員会は以上のような結果の発生を避けるため本件係争の宅地及び建物の買収申請を不相当としてこれを却下すべきであるにもかゝわらずこれを認容しこれに基いて買収計画を立てたのはこの点において違法と断じなければならない。(右買収計画が既にこの点において違法である以上原告主張(四)の本件買収申請が権利の濫用として違法であるか否かの点については判断を加える必要がない。)そこで、
(第二) 右買収計画が違法である場合に被告のなした訴願の裁決、承認の取消、訴外東鳥取村農地委員会の買収計画の取消を被告に対し求め得るか否か(争点(五)乃至(七))について判断する。
市町村農地委員会の買収計画に対し異議申立があり、その異議申立却下の決定に対し都道府県農地委員会に訴願がありその訴願棄却の裁決があつた場合に右買収計画に違法があると右買収計画を認容した訴願棄却の裁決もまた違法な瑕疵を承継するものであるから、右訴願の裁決の取消を求めようとする者は訴願の裁決自体の瑕疵のみならず買収計画の瑕疵を主張してその取消を求めることができるのは当然である。従つて前段認定のように東鳥取村農地委員会の買収計画に違法がある以上この瑕疵を承継している被告の訴願棄却の裁決は到底取消を免れないから、被告に対し右訴願棄却の裁決の取消を求める部分は正当としてこれを認容すべきである。次に
被告が東鳥取村農地委員会の買収計画を承認したのは府農地委員会から村農地委員会に対する行政庁内部の行政行為でありこれによつて直接人民の権利義務に変動を与える行政処分ではなく、右買収計画に前段認定のような違法がある以上この瑕疵を承継している被告の承認もまた違法であること勿論であるけれども、違法な行政処分の取消を求める抗告訴訟の対象とはならないから被告に対し右承認の取消を求める部分の訴はこれを却下すべきである。次に
買収計画と訴願の裁決とは処分行政庁を異にする別個の行政処分であるから、買収計画の取消はその処分庁である市町村農地委員会に対しその取消を求むべきであり、処分庁でない都道府県農地委員会に対しその取消を求めることは許されないから(訴願の裁決が取消された結果都道府県農地委員会自ら原買収計画を取消すべきである。)被告に対し東鳥取村農地委員会の買収計画の取消を求める部分の訴もまたこれを却下すべきである。
よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 山下朝一 相賀照之 山本一郎)
(目録省略)